空気を読まないブログ

筆者、中杜カズサが思いついたことをつらつらと垂れ流すように。 日記のようなニュースのような。
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 日曜日、なんとなくテレビで『世界遺産』を見ていました。テーマは「奈良の文化財」でしたが、大仏の掃除をしている人が、(多分)命綱無しで羅髪の上の清掃をしているのが一番気になったりしました。

 それはともかく、この番組はSONYの1社提供で、当然CMもSONYなのですが、そのCMを見て思ったことが。

 CMはテレビの宣伝で「虹の色が〜」みたいなのだったのですが、このハイビジョン(デジタル放送?)の映像、現行のテレビより色写りがいいことをメインのウリにしているようです。これは何もSONYに限ったことではなく、最近のどのテレビのCMでも同じようなものですけど。

 しかし、ちょっと考えてみてください。CMで「より美しい映像になりました」と表現するのは不可能です。もし、現在映しているテレビでその画像の綺麗さがわかるのであれば、そのテレビはハイビジョンの綺麗な画質が再現出来ているわけです。ということはわざわざ新製品のテレビを買う必要なんてなくなるのですから。
 だから実際は「きれいになった」と言っている画面を、現行のテレビ画面で映しているのにすぎないわけです。すなわち、現行の性能を越えるテレビのCMというのは、少なくとも映像と音質の点においては直接的な比較表現が不可能なわけです。
 そのためか、たまに走査線の数とかを説明していますが、理論的にはわかっても、それで本当に映像が美しくなるのかは実感出来ませんよね。

 そして思いました。これもパラドックスではないかと。

 おそらくこれは、「自己言及のパラドックス」の1種だと思われます。以前「嘘つきのパラドックス」のエントリーでちょっと触れましたが、自分のこと(ここでは比較対象としてのテレビ)を含めて言及しようとするとこのような論理的矛盾が生じてしまう、というものです。 (思いつきなので、間違ってるかもしれませんが)

 というわけで私が思うに、テレビでは(映像、音声など実際に触れないと違いがわかりにくいものを売りにした)テレビのCMは不可能(もしくは効果がない)ではないかということで。

 しかし、テレビの購買層が一番観る可能性の高い広告はやはりテレビCMでしょうから、メーカーの広報部もこのジレンマに悩まされているのかもしれませんね。とはいっても印刷にも限界があるでしょうし、完全に画質を再現出来るメディアなんて存在しないですけど


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 では昨日、本当はこの話題につなげようとして失敗した話を。

クレタ人のうちの一人である預言者エピメニデスが次のように言いました。
 クレタ人はいつも嘘をつき悪い獣、怠惰な大食漢だ


 これは、新約聖書の「テトスへの手紙」と言われる文章なのですが、この言葉にはある謎がかくされています。
 その部分を抽出して、簡単にすると、
 「『クレタ人は嘘つきである』とクレタ人(である預言者)は言った
となります。
 
 つまり、
 「私(を含むクレタ人)は嘘つきである
と言っていることになります。

 しかしこの言葉は大いなる矛盾を内包しています。
 昔、伊集院光のラジオで、CMと番組の間に流れるショートギャグ(テレビならアイキャッチと言うのでしょうが、ラジオだと何というか不明)で、「嘘を付くとお腹が痛くなる薬を飲まされました。今、お腹が痛いです」というものがありました。

 当時はこれの何処が面白いのかさっぱりわからなかったのですが、今、思い返してみると、コレは一種のロジック的なギャグだったと思うようになりました。

 「なんだそれ?」と思われる方も多いでしょうから、具体的に説明しましょう。

 さて、この伊集院光の言葉、本当なのでしょうか、それとも嘘なのでしょうか

 もし、「嘘を付いたらお腹が痛くなる薬を飲まされた」というのが全部本当なら、嘘をついていないので、腹が痛いはずはありません。つまり、この言葉は「今、お腹が痛いです」というのは、”真ではない”ことになります。

 逆に、「薬を飲まされた」のが嘘であるならば、そもそもお腹が痛くなる原因自体ないのですから、痛いはずはありません。つまりこれも”真ではない”のです。

 つまり、絶対に伊集院光のお腹が痛くなることはないのです。
 よって、この言葉は何処かの部分が絶対に「」になります。

 …まあ、こんなことを書いておいて何ですけど、おそらく単に面白い響きなので言ってただけなんでしょうけど。

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 さて…ここからパラドックスの話につなげる予定だったのですが、なんか微妙にかみあわないので、仕切り直してまた次回に。

 すみません、今日は変な文章で。
 …まあいつものことか。